白内障

有名なオランダ医師シーボルトは日本全国から集まった医師に西洋医学を教えていました。
動物の「白内障」の手術をしてみせた時に使った「瞳を広げる薬」、この薬を抽出できる植物について熱心に教えを請うた医師がそのお礼にと将軍から下賜された葵の紋付の衣服を渡します。
これがきっかけになり世にいうシーボルト事件(1828)が起こります。
白内障手術の歴史は古く紀元前800年インドで針金を眼球に刺し水晶体を硝子体内に落とす「墜下法」の記録が残っています。
18世紀になり角膜を切って水晶体を取り出す「白内障摘出術」が考案され、シーボルトはこの方法を日本に伝えたのでした。
シーボルト事件から約120年後、第2次世界大戦で戦闘機の防弾ガラスの破片が目に突き刺さった空軍のパイロットを何人も診察していたイギリス人医師が彼らの目に炎症も失明も起きないことに気づきます。
そして防弾ガラスと同じポリメチルメタクリレート製レンズを作り、水晶体の代わりに目に挿入する「眼内レンズ」が誕生します。
現代では挿入しやすい折りたたみ式レンズ、多焦点レンズ、乱視を軽減するレンズができ、白内障手術も飛躍的に進化して日帰り手術も一般的となっています。

白内障は世界で一番多い失明原因(日本では緑内障)であり、そのほとんどが「加齢」によるものです。
「水晶体」が濁ることが原因で、これは水晶体にある「クリスタリン」と言うタンパク質の鎖が凝集し大きな塊に変性することで起きます。
水晶体はカメラのレンズのようなものですから濁ると光の適切な屈折が行われず網膜に焦点を合わせられなくなります。
そして「ぼやける」「眩しい」「霞む」「暗いところで見にくい」「夜間の対向車がまぶしい」「二重に見える」などの症状が現れます。

眼科では蛋白変性をおさえ進行を遅らせる点眼液や内服薬が処方されますが根本的な治療方法は手術になります。
ただ手術に対する眼科医のスタンスは「日常生活に支障が出たら手術をしましょう」というものです。
まだ進行していないのに早く手術をしすぎても医師もやりにくいようです。
手術後には痛み、まぶしい、飛蚊症(に気づく)、視力が回復しない、にじむ、まぶしい、薄い膜がかかったように見えるといった症状や合併症がまれに起き、なかには再手術が必要なケースもあります。

最近では目のサプリメントのCMもよく目にします。
「ビタミン」や「ルテイン」などの白内障予防効果について白内障関連学会HPには好意的な書き方がされています。
抗酸化・抗糖化作用のあるサプリメントは、白内障予防効果のあることが動物実験で報告されているようです。
またルテインは水晶体や網膜(黄斑)に多く存在していて、ルテインの摂取量が少ないほど白内障の発症率が高いそうです。
網膜の黄斑にルテインやゼアキサンチンなどの色素密度が低いほどまぶしさを感じることはわかっています。
ただサプリ単体よりは食事からの摂取(プルーン、アボガド、ほうれん草、ケール、小松菜、ほうれん草)が理想です。
つまり植物にはこうした成分を含むものがあるということです。
漢方で使用される枸杞子(くこし→枸杞の実)や沙苑子(しゃえんし→マメ科植物の種子)などは目に良い植物です。

植物などの生薬を組み合わせた漢方薬は、これまでエキス化されていなかった処方も最近発売され薬局での選択肢も広がっています。
有名な八味地黄丸や杞菊地黄丸は「老化タイプ向き」ですが、それ以外にも乾燥や炎症、糖尿がある方、基礎体力が低下している方など様々なケースに対応するものがあります。
水晶体の濁りをとることはできませんが漢方薬を使うことでかすみやまぶしさがとれて効果が実感できますので手術予備軍の方に役立ちます。
(漢方薬を処方する眼科医の著書にもかすみ目やまぶしさがとれた例が多数あげられています。)
さらに手術をしたからすべて解決とは言えず、白内障が起きた体質や原因は不変ですから適切な漢方薬の服用は意味があります。

80歳を超えるとほぼ100%白内障となりるそうです。
しかし85歳以上のいわゆる超高齢者は手術となると色々不安です。
超高齢者は、白内障の進行がかなり進んでいたり水晶体の支持組織の弱りや瞳孔の開きが悪いなど手術の難易度が高くなります。
89歳で亡くなった母は後年、眼科医へ行くたびに手術を促されていました。
「手術は不安だけれど、見えなくなったら家族に迷惑がかかるし」とよく言っていたものです。
結局私が反対しつづけて手術は最後までしませんでした。

白内障と漢方薬

「そろそろ手術も考えなくてはいけませんね」という段階でも東洋医学的には十分に対応できます。
そもそも白内障の原因である「水晶体の濁り=タンパク質の変性」は「毛細血管の酸化」と「血流不全」から起きます。
つまり糖尿や高血圧などから来る血管の弱りと同じですから、白内障は「目の生活習慣病」とも言えます。
手術をしてレンズを交換しても思わしくない方はレンズの問題だけでなく背後に白内障を起こす体質が変わらず存在しているからと言えます。
手術前と後に関係なく漢方薬でこの体質を改善することは全身状態にも関係する意味のあることです。
老化タイプ、糖尿タイプ、充血や炎症を伴うタイプ、食が細く体力がないタイプ、様々なケースに対応する漢方薬があります。



緑内障

江戸時代の小説「南総里見八犬伝」の作者である滝沢馬琴は日本で最初に物書きだけで生計を立てた文人だと言われています。
しかし実際には武家から下駄屋の入り婿となった馬琴を年上女房`お百`が必死に支えていました。
その後馬琴は目を悪くしてしまい長男の嫁`みち`に口述筆記を頼むようになります。
長男がすでに亡くなっていたこともあったのか、お百には馬琴とみちがいつも一緒にいることが我慢できませんでした。
「嫁をとるか私をとるか」「嫁をとるなら家を出ます」挙句の果てには井戸に飛び込んで死ぬと喚き散らすお百。
そんな中で馬琴は今から180年前の1842年に南総里見八犬伝を書き終え、その年お百も78歳で亡くなります。
馬琴が目を悪くした原因は当時でいう「あおそこひ」、今でいう緑内障でした。
「あお」は角膜の透明性が失われ「青く」澱む、「そこひ」は「底翳」と書き「底」は眼底、「翳」はかげるという意味からきています。

眼球の中には栄養を運んだり老廃物を流したりする水が流れていて眼球には常に圧力(眼圧)が加わっています。
眼球の形を維持するためにも眼圧は必要なものですが、この圧力が高くなることで視神経に障害が起き視野が狭くなっていくのが緑内障です。
一度障害を受けた視神経は元には戻りません。
緑内障治療は現代医学においても眼圧を抑えて進行を少しでも遅くすることだけです。
最初は水の排出を促す点眼薬、効果がなければさらに水を作らなくする点眼薬を追加します。
点眼薬は急によく見えたりすることもなく、充血・ドライアイ・まぶたの荒れや黒ずみ・まつ毛が濃くなるなどの副作用があり点眼治療の途中で落伍する患者さんも多いようです。
点眼でコントロールができないと次は内服薬、さらに手術(メス、レーザー、ステントによる水の排出)になります。
手術してもまた再手術になることもあり、さらに末期になれば治療手段はありません。

頭痛、吐きけ、急激な視力の低下といった急性緑内障発作症状が起こるのは「水の出口(隅角)が狭いため排出されにくいタイプ」です。
緑内障の中で最も多いのは「出口は狭くないが水の中の老廃物をろ過する所(線維柱帯)の目詰まりタイプ」です。
このタイプはゆっくり進行するので発症から失明するまでは40年余りと言われます。
そして正常眼圧(10〜21mmHg)緑内障も存在していて、このタイプに含まれます。(日本人患者の7〜80%が該当)
眼圧が正常でも眼科では眼圧を下げる治療になります。

なぜ正常眼圧でも緑内障になるのでしょうか?
これは網膜の血流低下が原因として考えられています。
正常眼圧緑内障の方は低血圧、偏頭痛・冷え性・肩コリ・首こりを訴えられる方が多いです。
こうした方は目に酸素と栄養を届けるのに必要な血液の巡り(眼灌流圧)が低下するため視神経が障害されやすいと考えられています。
緑内障のリスク因子にあげられるフラマー症候群(血管攣縮による血流不全)もこのグループに入ると考えています。
睡眠時無呼吸症候群でも血中酸素が低下するため視神経が障害されます。
フラマー症候群、睡眠時無呼吸症候群の方では眼圧を下げても無効ということがわかっています。

正常眼圧についてはそもそも正常値という名称が、その範囲から外れるとまるで異常のように感じてしまいます。
血圧もコレステロール値もそうですが正常値とは平均値です。
多少平均からずれていても問題ない人は存在します。
逆に正常範囲でも緑内障になるのは眼圧にその患者の視神経が耐えられない、つまり「個人差」と考えられます。
糖尿病や高血圧で眼底出血が起こると新しい血管(新生血管)ができ水の出口(隅角)を塞ぐ緑内障(血管新生緑内障)もあります。
この緑内障にはレーザー治療や血管新生を抑える目薬(抗VEGF薬)が使われますが、難治性で治りにくいタイプです。

つまり緑内障イコール眼圧ではなく様々なリスク因子(加齢、近視、遺伝子、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群、高血圧、低血圧、喫煙、酸化ストレス、ステロイド他)が絡み合っています。
日本人の失明原因第一位である緑内障は、白内障より複雑で厄介です。

┃緑内障と漢方薬

東洋医学である漢方薬や針灸は緑内障治療の補助として使われています。
急性や重症例では無効ですが、眼圧を下げるエビデンスのある漢方薬は何種類か報告されています。
それらの漢方薬で点眼薬が不要になった症例もあれば無効なケースもあります。
この理由については緑内障の原因が様々であるため単一の処方や保健収載内処方だけでは対応できないことも考えられます。

東洋医学では緑内障も目だけでなく全身の状態を考慮します。
健康体では「気・血・水」がスムースに流れています。
眼圧は「水」の停滞ともとれますが、偏頭痛・冷え性・肩コリ、首こり、低血圧を伴う方なら水だけでなく「気・血」が停滞していると考えられます。
視神経の耐久性という個人差も気血の停滞で酸素・栄養が届かない可能性があります。
いらいら、耳鳴り、頭痛、目が渇く、高血圧は「気の上昇」を考えます。
緑内障患者では酸化ストレスマーカーが上昇しますが、気の上昇も酸化ストレスを発生させる可能性があります。
加齢もリスク因子ですが、東洋医学では「肝・腎」の弱りを示す兆候を探り対応します。
さらにこのタイプは緑内障に特徴的な「脳脊髄圧低下、脳神経栄養因子の低下」も考えられますからそれも含めて対応する漢方薬を検討します。
血管新生緑内障は「お血」を改善します。
もちろん混合型もあるのですが、たくさんある緑内障の原因をバラバラに考ずこうしたグループ分けをすることで対策もイメージできてきます。

五苓散を筆頭に苓桂朮甘湯、越婢加朮湯、温胆湯など水に関係する漢方薬はを眼圧を下げるエビデンスがあります。
水が満ちた状態に使用しますから「めまい、ふらつき、吐き気、咳、痰、鼻づまり」といった症状は目安になります。
偏頭痛・冷え性・肩コリ、首こり、低血圧タイプは水だけでなく気血が停滞しています。
目で発生する活性酸素も消去し酸化ストレスを和らげます。
さらに貧血や胃腸虚弱も考慮すべき場合もありますが、それぞれに対応した漢方薬を選ぶ必要がありますのでご相談ください。

加齢黄斑変性症

加齢黄斑変性症は日本の失明原因の第4位、60歳以上の失明原因では第1位となっています。
目の網膜で最も感度が良い「黄斑」という箇所が変性する難病で、外傷や近視でも発症しますがほとんどは「加齢」が原因です。
視野の中心部が見えにくい(中心暗点)、曲がったり歪んで見える(変視症)、さらに進行すると視力が低下し視界が暗くなり色もわからなくなります。
この加齢黄斑変性症は萎縮型と滲出型に分かれます。
萎縮型は網膜が長い時間をかけてゆるやかに委縮していくので有効な治療法がありません。
滲出型は、新しく形成されたもろい血管(新生血管)が網膜の下部にでき出血や水もれが起きて網膜が障害されます。
ここ10年の間にレーザーで新生血管を閉鎖する「光線力学的療法」や、新生血管ができるのを抑える「注射」による治療法が出てきたばかりです。
iPS細胞が最初に取り組んだ疾患がこの加齢黄斑変性症でしたが遺伝子治療も含めまだ一般の実用化までは至っていません。

注射(抗VEGF剤=マクジェン、ルセンティス、アイリーア)はすぐ効果が出るというものではなく進行をさせないことが目的です。
また高額であることや副作用(血栓や網膜剥離・網膜萎縮など)の問題もあります。
このため医師が患者さんの要望も取り入れたうえで治療目標(現状維持〜積極的治療)を決め注射の間隔を決定していきます。

加齢黄斑変性は糖尿や腎臓病と同じように、決定的な治療法がないので進行を抑えるために生活指導をされます。
一つは禁煙で、タバコは血管壁の損傷や血栓を生じやすく黄斑変性特有の患部のむくみ・出血に悪影響を与えます。
二つ目は食生活でこの根拠となっているのが2001年のアメリカでの大規模研究です。
それは「ビタミンC、ビタミンE、亜鉛、銅、ルテイン、ゼアキサンチン」の摂取により発症頻度が2割前後下がったというものです。
加齢黄斑変性は「酸化ストレス蓄積原因説」が有力なので、これらの成分の抗酸化作用による進行抑制が期待されています。
この他に脂質や飲酒の制限とか、青魚のDHA・EPA、リノレン酸を含む油の接種が推奨されていて眼科でもサプリを勧めることが多いです。
特に「ルテイン」と「ゼアキサンチン」の不足が黄斑変性を引き起こす原因になると言われます。
黄斑は黄色い斑点からつけられた名前ですが、実際「黄色の天然色素」であるルテインとゼアキサンチンを含むためで、この天然色素の密度が低いほどまぶしさを感じることはわかっています。

ルテインは黄色い花や果実、ホウレンソウ、にんじん、カボチャ、ケール、トウモロコシ、ブロッコリーなどの野菜、卵黄に多く含まれています。
ちなみにルテインは黄、橙、赤グループの天然色素(カロテノイド)の一つで、この仲間には目に良いビタミンAのもとになるβ-カロテンも含まれます。
ルテインは水晶体にも多く存在していて摂取量が少ないほど白内障の発症率も高いそうです。
ルテインとペアで配合されるのがゼアキサンチンです。
ゼアキサンチンはルテインと分子式は同じで構造が異なるだけ(構造異性体)で、ルテインが代謝されてゼアキサンチンに作り替えられています。
葉菜類やトウモロコシ、卵黄、クコの実(枸杞子)、柑橘類などに含まれています。
ちなみにブルーベリーに含まれる青紫色の天然色素「アントシアニン」は加齢黄斑変性が予防されたり進行が抑制されるという研究結果はありません。

白内障、緑内障とともに加齢黄斑変性症も「目の生活習慣病」と言われています。
白内障の原因である「水晶体の濁り=タンパク質の変性」は「毛細血管の酸化」と「血流不全」から起きます。
新生血管緑内障は「新生血管」が原因ですから加齢黄斑変性症と同じ薬を使用します。

この「新生血管」は、胎児の成長、糖尿病・高血圧、リウマチや関節痛などの炎症、悪性腫瘍などで発生します。
癌細胞では新生血管を作ることで酸素や栄養を取り込んで増殖していきます。
関節の炎症が長引くと新生血管が発生してますます痛みを長引かせます。
目の網膜では血管の働きが低下して酸素や栄養が運ばれなくなると新生血管ができはじめます。
この時放出される新生血管増殖因子が「VEGF」であり、これに抗う成分を目に注射して新生血管の発生を抑えるわけです。
新生血管は本来の血管とは違い脆いのですぐ出血します。
出血が起きれば黄斑では歪みや見えにくさが起こり、出血が硝子体に流れ出すと外からの光を通しにくくなりさらに視力が低下します。
ちなみに朝起きて鏡を見たら、目が真っ赤で超ビックリするのは「結膜下出血」で、眼底出血とは別物です。
咳・飲酒・眼の疲れ・打撲などで起こる一時的な場合は心配ありませんが、高血圧や糖尿病がある方は近い将来の眼疾患や他の健康リスクに注意していく必要があります。

加齢黄斑変性症と漢方薬

漢方薬には新生血管の増殖や出血に対して対応できるものがあります。
漢方薬を処方される眼科でも使用されていて実際に眼底出血がなくなり、新生血管が消失し視力も回復した症例があります。
もちろん結膜下出血も治してくれます。
止血もできて血流はよくする使い勝手の良さがあり、患部の血流がよくなれば新生血管も発生しなくなります。
ルテインなどのサプリを飲んでも患部に血流不全があれば届きにくいはずです。
栄養の補給はまず補給路を確保することでより効果が出るはずです。

眼底や黄斑の出血や、新生血管の発生は漢方では「血の停滞」の問題です。
網膜の下にゴミや老廃物(ドルーゼン)が蓄積したりむくみ(浮腫)が起きるのは「水の停滞」です。
また血や水の流れは「気が停滞」することでも影響を受けます。
目の酷使で「熱」が発生したり、加齢で「肝・腎」が弱ることも目の病気の原因です。
これらの問題は漢方薬で対応することができます。